金田一耕助の事件簿065b
横溝の創作の、その源流には
「ハートのクイン」(横溝正史)
(「金田一耕助の新冒険」)光文社文庫
首を切断された女の
変死体の内股には、
ハートのクインをあしらった
刺青が施されてあった。
それは名人彫り師・彫亀の
手によるもので、
同じ刺青を持つ
もう一人の女がいることが
判明する。殺害されたのは
一体どちらの女なのか…。
と、前回取り上げた「スペードの女王」と
ほぼ同じ粗筋を載せましたが、
本作品はその原形作品なのです。
本作品は1958年に雑誌掲載された後、
約4倍の増量に加筆され、1960年、
単行本として出版されたのです。
【事件簿File-065b「ハートのクイン」】
〔事件発生〕
昭和29年7月
〔依頼人〕
坂口トミ
…名人彫師・亀三郎の妻。
〔捜査関係者〕
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
坂口亀三郎
…名人彫師。通称・彫亀。
事故死したが他殺の疑いあり。
前田浜子
…ペンギン書房社員。
前田豊子
…浜子の姉。
本人の知らぬ間に刺青される。
陳隆芳
…商社社長。密輸の疑いあり。
殺害される。
神崎八百子
…陳の愛人。
内股にハートのクインの刺青。
谷口健三
…陳の商社の社員。陳の信頼厚い。
主要な登場人物を見ただけでも
かなり少なくなっています。
つまり本作品から「スペードの女王」へと
加筆する際、大幅にストーリーを追加、
人間関係をより複雑にしたのです。
その結果、
陳隆芳を大物(麻薬王)にする一方で
殺害される人物・岩永久蔵を
別に仕立てて「分離」させています。
それに関連して、警察関係者も
高橋警部補のような人物を配置し、
「麻薬密輸」「政財界汚職」「殺人」の
三つの犯罪の要素を持たせ、
筋書きに奥行きを与えるのに
成功しています。
また前田浜子を単なる社員から
敏腕記者へと格上げし、
事件に深く関わらせるとともに、
金田一との顔合わせを割愛し、
手紙で真相を伝える形で、
謎を一層深いものにしています。
さらには八百子を
「スペードの女王」という悪女に据え、
同時に豊子の描写も緻密に行い、
首なし死体がどちらであるのかの
判断をより難しくしているのです。
では、本作品を全体的に
膨らませたのかというと
そうではありません。
彫亀にまつわる冒頭部分は
ほぼそのままの状態なのです。
言い換えると本作品は、
彫亀の事件の描写に
大きく頁を割いているのです。
つまりこの部分こそ、
本作品の「核」であり、
ここから筋書きを創り上げていった
ことがうかがえるのです。
前回も記した通り、
この部分はさらに以前に書かれた
「双生児は囁く」の冒頭部分の流用です。
横溝は、この
「本人の知らぬ間に彫られた刺青」に
よほど愛着があったのでしょう。
さて「刺青」で連想するのは
やはり谷崎潤一郎でしょう。
谷崎の「刺青」の彫師も、
店に使わされた小娘を麻酔薬で眠らせ、
本人の知らぬ間に
背中へ大きな蜘蛛を彫り込んでいます。
また、彫亀が目隠しをされて
見知らぬ屋敷へ案内される様子は
「秘密」を彷彿とさせます。
横溝や乱歩に先駆けて「途上」などの
探偵小説を書き上げた谷崎です、
横溝が谷崎作品を
意識しなかったはずがありません。
「双生児は囁く」
→「ハートのクイン」
→「スペードの女王」という
横溝の創作の変遷なのですが、
その源流には谷崎の「刺青」「秘密」が
あったとも考えられます。
原形作品から、いろいろなことを
考えてしまいました。
〔本書「金田一耕助の新冒険」収録作品〕
悪魔の降誕祭
死神の矢
霧の別荘 「霧の山荘」原形
百辰譜 「悪魔の百辰譜」原形
青蜥蜴 「夜の黒豹」原形
魔女の暦
ハートのクイン 「スペードの女王」原形
〔もう一つの「原形作品集」〕
(2022.4.15)
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